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こうぞうじさんじゅうのとう

高蔵寺三重塔

塔の中には何が安置されているのでしょうか?

 山中に静かにそびえる三重塔を見上げると、心が洗われるよう。
 高蔵寺は、平安時代初期の僧侶、徳一によって開かれた古刹です。三重塔は、江戸時代になってから、いくつかの伝統的な建築様式を組み合わせた折衷様という様式で建てられました。二層と三層に欄干が無い素朴な姿が、木組みの美しさを際立たせているように感じられます。
 内部には徳一大師坐像が安置されており、開祖徳一の威徳を今も伝えるありがたい塔です。

解説

 高蔵寺観音堂は、寺伝によると大同2年(807)徳一によって開かれ、以後観音霊場として栄えた。応永年中(1394~1427)に堂塔の改修が行われ、江戸時代には幕府より朱印三〇石を拝領している。地元の長子村で作られた相輪の伏鉢に刻銘されている銘文から、安永3年(1774)に建立されたことがわかる。
 塔は三間四面の三重塔姿で、屋根は柿葺きであったが、現在は銅板葺きに修理されている。初重の四周には擬宝珠高欄を付した縁(後補)があるが、二重、三重には高欄がない。対辺40㎝の八角形の心柱と、各層とも12本の円柱を建て、切目長押・腰貫・台輪を回し、斗栱は尾垂木付折衷様三手先組で中備はない。軒は二軒繁垂木(拮木無し)、初重正面中央には両開きの桟唐戸、左右脇の間に雲版様の花頭窓、両脇面側の中の間に引違戸を付け、その外はすべて板壁で、床は板敷きである。 内部には観音堂から移した比較的大きな厨子があり、心柱は初重の本梁で受けている。四天柱と天井はなく、厨子の中には木造徳一大師坐像が安置されている。 相輪は露盤、伏鉢、受花と宝輪が大きく、その上に蓮弁と火焔宝珠をおく。
 高蔵寺三重塔に比肩すべき塔は、県内には東和町の隠津島神社三重塔(県指定)と、会津高田町の法用寺三重塔(県指定)の2棟が存在するが、浜通りにおいては江戸時代唯一のもので、建築様式は当時の折衷様を主体とした地方色を表現している貴重な建造物である。
指定区分
県指定
種別
重要文化財(建造物)
住所
いわき市高倉町鶴巻
施設名
高蔵寺
指定年月日
昭和56年3月31日

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