さるがくめんおよびさるたひこめん
猿楽面及猿田彦面
猿田彦面はどれでしょうか。
どれも味わい深い顔をした猿楽面です。猿楽とは、芸能のひとつである能と、同じく狂言で構成される現在の能楽の古い呼び名です。その能の際に使われたのがこれらの面で、室町末期、室町、江戸中期と制作年代はそれぞれですが、どれも味わい深い表情をしています。
特に目を引くのが、赤く塗られた、まるで天狗のように見える面。これは日本書紀、古事記に登場する神「猿田彦」で、裏面には朱く記名がされています。名門の能楽師が制作したとされ、大切にされた逸品です。
特に目を引くのが、赤く塗られた、まるで天狗のように見える面。これは日本書紀、古事記に登場する神「猿田彦」で、裏面には朱く記名がされています。名門の能楽師が制作したとされ、大切にされた逸品です。
解説
猿楽面のうち「猿閉歯見」は鬼神系の面で、桧又は松材が用いられ、鼻部を欠損する。制作年代は室町末期とみられる。「安達女」は能「黒塚」の鬼女の面で、材質は桧又は松材で、「猿閉歯見」と同様の地方色の強い作風をみせ、制作年代は室町末期とみられる。「阿屋加志」は能の妖気を現す男面で、能「船弁慶」に登場する。材質は桧で、制作年代は室町時代と考えられる。「茗荷大悪尉」は神や怨霊等に用いられる老翁面であり、材質は桐で、制作年代は江戸時代中期と考えられている。「猿田彦」は記紀神話に登場する神で、天孫降臨の際に先頭に立ち道案内を務めたことで知られ、容貌魁偉で長大な鼻を特徴とする。材質は桐で、制作年代は江戸時代中期と考えられる。なお「猿田彦」の裏面には朱書銘が認められる。
出羽神社誌によると、享保4年(1719)に内藤政栄(露沾)は、神主・佐藤和泉守の願いにより能面の修復を行った。また享保5年(1720)には、出目洞白作の「猿田彦」面が奉納されたことが知られる。その後、享保10年(1725)に盗賊が押し入り「茗荷大悪尉」と「猿田彦」面が盗まれたので、出目洞白にその模刻を作らせ奉納した。
出目洞白とは、現在のいわき市泉町出身の水野谷加兵衛で、能面師の名門である大野出目家の養子となって4代目を継いだ人物である。しかし、洞白は正徳5年(1715)に没しているので、内藤政栄の注文を請け、実際に面を制作したのは大野出目5代洞水満矩である。
出羽神社誌によると、享保4年(1719)に内藤政栄(露沾)は、神主・佐藤和泉守の願いにより能面の修復を行った。また享保5年(1720)には、出目洞白作の「猿田彦」面が奉納されたことが知られる。その後、享保10年(1725)に盗賊が押し入り「茗荷大悪尉」と「猿田彦」面が盗まれたので、出目洞白にその模刻を作らせ奉納した。
出目洞白とは、現在のいわき市泉町出身の水野谷加兵衛で、能面師の名門である大野出目家の養子となって4代目を継いだ人物である。しかし、洞白は正徳5年(1715)に没しているので、内藤政栄の注文を請け、実際に面を制作したのは大野出目5代洞水満矩である。
- 指定区分
- 市指定
- 種別
- 有形文化財(工芸品)
- 住所
- いわき市平中神谷字石脇
- 施設名
- 出羽神社
- 指定年月日
- 平成4年3月27日