まんしょうじふどうどう(くろだふどうどう)
満照寺不動堂(黒田不動堂)
お堂の内部はどんな装飾がされているでしょうか?
なんとまあ!里山にこんなお堂があるなんて!と思わずにはいられない満照寺不動堂です。
江戸初期に創建された禅宗様式のお堂で、作られた当時は外側も美しく彩色されていたようです。緑の木立の中に浮かび上がる美しいお堂は、さぞや神々しかったことでしょう。
堂内部の装飾は今でも落ち着いた雰囲気で残されています。天井に描かれた中央のにらみの龍とその両脇で優雅に泳ぐ天女。木組みや彫刻自体の美しさはもちろん、そこにも丹念に鮮やかな模様がつけられていることに、このお堂を建てた人々の想いが感じられます。
堂内部の彩色は、日光東照宮に類似するとされています。現在見られるのは外側だけですが、この画像を心に焼き付け、扉の前に立ってその向こう側に広がる世界を想像するのも、新しい楽しみ方かもしれません。
江戸初期に創建された禅宗様式のお堂で、作られた当時は外側も美しく彩色されていたようです。緑の木立の中に浮かび上がる美しいお堂は、さぞや神々しかったことでしょう。
堂内部の装飾は今でも落ち着いた雰囲気で残されています。天井に描かれた中央のにらみの龍とその両脇で優雅に泳ぐ天女。木組みや彫刻自体の美しさはもちろん、そこにも丹念に鮮やかな模様がつけられていることに、このお堂を建てた人々の想いが感じられます。
堂内部の彩色は、日光東照宮に類似するとされています。現在見られるのは外側だけですが、この画像を心に焼き付け、扉の前に立ってその向こう側に広がる世界を想像するのも、新しい楽しみ方かもしれません。
解説
満照寺不動堂は総欅造りの一面の長さ6.26mの三間四面堂で、四周の廻縁で造られている。屋根は単層の宝形造りで茅葺き、基壇の上に建つ。
周囲の柱は粽付きの円柱12本が立てられ、軸組は地覆、腰貫、内法貫、頭貫に台輪が回され、木鼻もつけられている。斗栱は出組、拳鼻付き、中備は中の間に動物の彫刻のある蟇股で、両脇の間には蓑束が配され、化粧垂木は二軒繁垂木(背返し)で、軒の出も大きい。正面中央には観音開きの、動物など浮彫りのある桟唐戸、左右脇の間に格子付花頭窓が設けられ、両脇側面の中の間に板引違戸を付け、その外はすべて竪板壁で、内部の床は板張りである。頭貫、台輪、小壁、斗栱、丸桁には彩色が施されているが剥落が目立つ。
内部は奥一間通りを内陣として、中央に方一間の厨子を造りつけ、身舎中央に護摩座を置く。2本の来迎柱を建て虹梁を架け渡し、斗栱は二手先組と出組で受ける。竜と唐獅子の掛鼻が付けてある。来迎柱には金箔を押し、斗栱、長押 、虹梁、台輪など全部に胡粉下地の彩色が施され華麗を極めている。内陣には、右手に利剣、左手に索を把持し、火焔光背を負い、瑟瑟座に坐した本尊不動明王坐像が安置されている。
天井は中央が鏡天井、四周は格天井となっており、これに飛天や丸竜等の彩色絵が描かれている。
地元に伝えられている記録によると、大聖寺別当不動堂として元禄14年(1701)に建立されたことがわかる。
元禄期の華やかな建築様式が覗える三間四面堂である。
周囲の柱は粽付きの円柱12本が立てられ、軸組は地覆、腰貫、内法貫、頭貫に台輪が回され、木鼻もつけられている。斗栱は出組、拳鼻付き、中備は中の間に動物の彫刻のある蟇股で、両脇の間には蓑束が配され、化粧垂木は二軒繁垂木(背返し)で、軒の出も大きい。正面中央には観音開きの、動物など浮彫りのある桟唐戸、左右脇の間に格子付花頭窓が設けられ、両脇側面の中の間に板引違戸を付け、その外はすべて竪板壁で、内部の床は板張りである。頭貫、台輪、小壁、斗栱、丸桁には彩色が施されているが剥落が目立つ。
内部は奥一間通りを内陣として、中央に方一間の厨子を造りつけ、身舎中央に護摩座を置く。2本の来迎柱を建て虹梁を架け渡し、斗栱は二手先組と出組で受ける。竜と唐獅子の掛鼻が付けてある。来迎柱には金箔を押し、斗栱、長押 、虹梁、台輪など全部に胡粉下地の彩色が施され華麗を極めている。内陣には、右手に利剣、左手に索を把持し、火焔光背を負い、瑟瑟座に坐した本尊不動明王坐像が安置されている。
天井は中央が鏡天井、四周は格天井となっており、これに飛天や丸竜等の彩色絵が描かれている。
地元に伝えられている記録によると、大聖寺別当不動堂として元禄14年(1701)に建立されたことがわかる。
元禄期の華やかな建築様式が覗える三間四面堂である。
- 指定区分
- 県指定
- 種別
- 重要文化財(建造物)
- 住所
- いわき市田人町黒田別当
- 施設名
- 満照寺
- 指定年月日
- 昭和30年12月27日