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もくぞうせいしんしゅようぜんじざぞう

木造青岑珠鷹禅師坐像

青岑珠鷹禅師坐像はどこに安置されているでしょうか?

 まるで生きているかのような姿にただただ驚いてしまいます。龍門寺を開山した青岑珠鷹禅師の像です。
 寄木造りで眼には水晶で作られた玉眼がはめられ、白色顔料である胡粉(ごふん)が塗られた上に彩色されています。像は開山堂に安置されていますが、大切にされてきたからか、非常に良い状態で残されています。「よいしょ」と言って師がくつをはいて歩いていきそうなほど、臨場感を持って表現されています。
 ぜひとも画像を回転させてさまざまな方向から鑑賞してみてください。思慮深い横顔、美しい形の頭部、左肩の袈裟(けさ)の背面部分に描かれた細やかな唐草模様なども拡大して見てください。この像を作り、寺を大切にしようとした当時の人々の気持ちに迫れるかもしれません。

解説

 この木造青岑珠鷹禅師坐像は、曹洞宗の龍門寺に伝わった仏像である。龍門寺は、山号を禅勝山といい、青岑珠鷹禅師によって開山され、戦国大名岩城氏の菩提寺としても知られる。
 本像は、寄木造りの坐像で、玉眼を嵌入し、胡粉地に彩色が施され、開山堂に安置されている。円頂で、法衣を着け、左肩より袈裟を懸け、左肩前で鐶で吊る。右手で鉄造漆塗りの如意を取り、左手の持物は欠失している。彩色は、衣部が朱彩、袈裟背面条葉部に唐草文、田相部に麻の葉繋ぎ文・格子文・七宝繋ぎ文などが黒地に金泥で描かれている。
 作者は京都正系仏師の玄慶法橋廣峯で、本像には定型化がみられるが、中央仏師の作らしく整った造形であり、彩色も丁寧な仕上げである。玄慶は、専称寺の磐城平藩主内藤義概(義泰)側室坐像・家老松賀族之助室坐像や鎌倉光明寺の内藤忠興坐像などを制作し、また長福寺蔵木造地蔵菩薩坐像院誉作の修理も手掛け、磐城平藩の御用仏師的な存在であったとみられる。
 この像の像底には延宝6年(1678)3月25日に磐城平藩儒臣葛山為篤によって書かれた銘記が存在し、造立にあたって内藤義概室や松賀概純室の寄附があったことが知られる。銘記の部分は黒漆地に朱漆で書かれ、銘記を特別な存在として扱っている。また、裳裾裏には玄慶の墨書と花押があり、像内背面にも漆塗りの木札が釘付けされ、墨書銘が存在している。為篤は、「磐城風土記」を寛文10年(1670)に完成させたほか、「飯野八幡宮縁起奥書」を草したり、如来寺蔵十王図修理費寄進の際も軸裏に墨書を認めている。
指定区分
市指定
種別
有形文化財(歴史資料)
住所
いわき市平下荒川諏訪下
施設名
龍門寺
指定年月日
平成27年5月1日

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