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もくぞうしゃかにょらいざぞう

木造釈迦如来坐像

台座に2つ垂れ下がるものは何でしょうか?

 どっしりと腰を深く下ろし、重量感に満ちた釈迦如来坐像。思わず「おお、なんかすごい」と言ってしまう迫力があります。
 目には水晶で作られた玉眼が入れられ、少し角張った頭にはクルクルと巻かれた螺髪(らほつ)がきれいなカーブと共に彫られています。
 この釈迦如来坐像は全体的にどっしりとした雰囲気がありますが、それに対して目を引くのが、この衣。そで先とすそが、長く台座に垂れ下がり、大変優美な姿を表現しています。衣を垂れさせる垂下様式の中でも、この2つが下に垂れ下がる様式は古い形と考えられます。
 安心感と優美さを合わせ持ったこの釈迦如来坐像、きっと多くの人々を救ってきたのだと想像されます。

解説

 勝行院を開山した円鏡は寺の近くに釈迦堂を建て、堂内に釈迦三尊を安置した。この釈迦堂は寛政10年(1798)に火災に遭い、文化年間(1804~18)に再興した。しかし、勝行院が戊辰の役で焼失したため釈迦堂を移し、一時勝行院の本堂とした。
 釈迦如来坐像は寄木造りの漆箔で、玉眼を入れ、肉髻は低く小さく、うずまき型の螺髪の線が額正面の生えぎわで軽くカーブする。面貌は鼻すじがとおり、口元は引き締まる。
 両肩から腹部に流れる衣文の彫刻、腹帯をのぞかせ、定印の指の爪先を長く伸ばすなど、中国宋風の影響を強く反映した、鎌倉末期から南北朝時代にかけての特徴を示している。ことに特徴的なのは、両袖先と裳裾の先を幅広く長く垂れる垂下様式になっていることである。垂下様式は中国宗画の後期宋朝様式の影響を受けて、禅宗高僧の肖像画、彫刻に影響をあたえ、特に鎌倉を中心に制作された。両袖先と裳裾を直接垂下する様式が古く、ついで台座の上で矧ぎ合わせた裾先のみを裳懸座風に垂下する新しい様式が発展した。先行形態のものには光厳寺(東京都あきる野市)の釈迦如来坐像(康安2年(1362)、法印運朝銘、像高51.5㎝)、来迎寺(神奈川県鎌倉市)の地蔵菩薩坐像(応安4年ヵ、絵所宅間掃部法眼浄宏作、像高102㎝)などが見られ、勝行院の釈迦像は前者に勝るとも劣らない。
 光厳寺の釈迦像同様猫背で胸幅は広く、量感も充分で堂々としており、南北朝時代を下らない制作年代と思われる。飛天透し彫りの光背、台座も中国宋風を模倣した同時代のものである。地元の伝承では、運慶の作と伝えられてきた。
指定区分
県指定
種別
重要文化財(彫刻)
住所
いわき市常磐湯本町三函
施設名
勝行院
指定年月日
昭和51年5月4日

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