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じょうれんしゃりょうせいしょうにんがぞう

浄蓮社良清上人画像

良清上人が座る椅子には何が掛けられているのでしょうか?

 よくぞ残りましたね!と言わずにはいられない絹地に描かれた肖像画です。現在は裏地も剥がされ絹地にも損傷がありますが、それでも良清上人のキリッとした表情や椅子に掛けた素晴らしい法被を充分に見ることができます。
 上人は如来寺の起源を書き記した人物とされ、当寺院の歴代住職として肖像画が残る数少ない存在です。歴史的、絵画的に貴重な資料です。

解説

 この良清上人画像は、現在では描かれた絹地(本紙)のみが遺っている。かつては表装されていたと思われるが、その裏地が剥がされたものである。絹地には亀裂が走り、また絹地そのものの劣化が著しい。画面左上に「浄蓮社良清上人」と墨書され、肖像画の人物が如来寺22世良清上人であることが記されている。幸いにも後屏付き椅子に法被を掛け、払子を右手に持つ良清上人を描いた顔料及び金泥がよく残されており、良清上人その人の様子をよく伝えている。また画面と同一の絹地に一文字と中、風帯が描かれており、いわゆる描表具が施されている。この描表具は、県内の他の肖像画にほとんど例がなく、その意味でも貴重である。
 『如来寺史』によると22世浄蓮社良清上人は、専称寺15世良静上人の門弟で、大念寺を開山し、その後、相馬領内に移り、南屋形村(相馬郡鹿島町)の阿弥陀寺20世となっている。延宝8年(1680)如来寺住職を辞し、元禄14年(1701)に入寂している。
 良清上人は、寛文7年(1667)に如来寺の縁起を作成したと寺史にあり、遺影とすれば元禄14年以降となるが、延宝8年における如来寺住職隠退の時期の寿像とすれば、延宝の頃の作と考えられる。如来寺に遺された数少ない歴代住職の画像であり、絵画及び歴史資料として貴重である。
指定区分
市指定
種別
有形文化財(絵画)
住所
いわき市平山崎矢ノ目
施設名
如来寺
指定年月日
平成13年4月27日

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