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もくぞうこんごうりきしりゅうぞう

木造金剛力士立像

わずかですが制作時のままの部分があります。どこでしょうか?

 金剛力士像とは、仏教の守護神のひとつで、口を開けた「阿形(あぎょう)」と口を閉じた「吽形(うんぎょう)」の2体1組で寺の山門などに置かれることが多い像です。
 本像は、さまざまな箇所に補修がなされ、つぎはぎ姿をしています。当初の姿をとどめているのは胸と腰のわずかな部分のみですが、逆に味わいとなり、見る人の心を掴みます。
 桂の木から彫り出した一木造で、荒々しい力士像が多い中にあって非常に穏やかな様子の本像は、類例の少ない平安時代のものです。

解説

 上半身裸形とし、裳をつけて立つ。阿形像は口を開け、左千を腋に構え、右手に金剛杵をとる。吽形像は口を閉じ、左手を下げ、右手をあげて金剛杵をとる。
 現状では頭部を別材とし首で上下に矧ぐ。体躯は両脚まで一材で彫出し、内刳りはない。両腕はそれぞれ肩で矧ぐ。基本的には両像とも以上のような一木造の技法で、そこに腹部や背面に多くの補材をあてる。さらに阿形像では両足先、裳先を矧ぎ、吽形像では両足首より先を矧ぐ。
 明治初年に、出蔵寺(勿来町酒井出蔵)より移したと伝える。頭部や両腕は後世に補われたもので、体躯も腹部などに後の補材が多く当てられており、前面胸部及び腰部にわずかに当初のすがたをとどめる。この部分は平安時代のものと考えられる。平安時代でも後期の造立と考えられ、明治の頃などに大きく修理の手が加えられ現状のすがたに至ったものであろう。
 頭部が後補のものにかわっている体躯の多くの部分に補材や埋木があり、ほとんど当初のすがたをとどめていないといっても過言ではない。しかし、現状でも2mを越す大きさがあり、桂材の一木造の技法は古様で、わずかに残る当初部分である前面裳の彫出は穏やかに整っている。さらに足の踏み出しも少なく、動きを抑えた体躯で、類例の少ない平安時代の金剛力士像といえる。
指定区分
市指定
種別
有形文化財(彫刻)
住所
いわき市勿来町白米赤坂
施設名
白米区
指定年月日
平成22年4月23日

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