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もくぞうあみだにょらいりゅうぞう

木造阿弥陀如来立像

手のポーズは何を表しているのでしょうか?

 1本の木から彫り出した一木造の本像は、目はもちろん、髪の毛を貝のように巻いた螺髪も彫り出しています。そのせいか一つひとつがゴツゴツとしていて、見応えがあります。
 さまざまな箇所が補修されていますが、体の構造は本来の様子をとどめていて、鎌倉時代の作だとされます。
 極楽浄土から如来が死者を迎えに来る来迎印(手のポーズ)を結んでいるお姿を見ると、本像が置かれていた窪田村の人々にとって大切な存在だったろうなと想像してしまいます。

解説

 大槻阿弥陀堂の存在は17世紀後半までさかのぼることができる。貞享元年(1684)の窪田村絵図を見ると、「あミた」と注記のあるお堂が描かれている。また、慶応3年(1867)の陸奥国棚倉藩領村絵図のうち窪田村絵図にもお堂が描かれている。しかし、どちらもお堂のみで寺院としては描かれていない。このお堂は単独で存在していたと考えられる。
 この堂宇に安置されているのが、木造阿弥陀如来立像である。一木造で彫眼、螺髪彫出。肉髻珠、白毫相をあらわす。蓮華六重座に立ち、雲形光背を持つ。肉身部は漆箔で衣部は漆塗となっているが、いずれも後補である。
 後補により当初の姿を残してはいないものの、構造や造形には平安時代の古様をとどめており、力強さも感じられる。本像の印相は来迎印で、この印を結ぶ阿弥陀如来は鎌倉時代になると作例が豊富になる。本像も、古様をとどめた鎌倉時代の造立と考えられている。
指定区分
市指定
種別
有形文化財(彫刻)
住所
いわき市勿来町大槻
施設名
窪田第四区
指定年月日
令和1年5月7日

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