かぶとづかこふん
甲塚古墳
まさに歴史の宝庫!いったい何が出土したの?
田んぼの中にふっと現れる小さな丘のような甲塚古墳。兜を伏せたように見える形が名前の由来とのことですが、ふんわりとした小山のような姿はかわいらしさを感じます。
甲塚古墳の調査はまだ行われていないそうですが、この周辺の発掘調査によって、古墳や掘立柱の建物跡、さらには埴輪や木簡などが発見されました。まさに、いにしえの日本を感じさせてくれる歴史の宝庫。
今も静かにたたずむ古墳を眺めながら、古代ロマンを感じてみてはいかがでしょうか。
甲塚古墳の調査はまだ行われていないそうですが、この周辺の発掘調査によって、古墳や掘立柱の建物跡、さらには埴輪や木簡などが発見されました。まさに、いにしえの日本を感じさせてくれる歴史の宝庫。
今も静かにたたずむ古墳を眺めながら、古代ロマンを感じてみてはいかがでしょうか。
解説
甲塚古墳は、夏井川河口に近い沖積地に築造された径37m、高さ約8.2mの円墳である。比較的よく墳形を保ち、沖積地にあるため古くから注目され、国指定の史跡に指定された。兜を伏せたのに似ているところからその名で呼ばれ、かつてクロマツの巨木が墳丘をおおい、どの方向から見ても同じに見えるところから「八方にらみの松」といわれ、実に堂々として、水田にうつる姿はみごとであった。しかし、現在は枯れはててしまい、墳丘だけが孤立している。
未だ考古学的な調査が行なわれていないので、内部構造も築造年代も明らかでない。言い伝えによると周辺にもいくつかの古墳があったが、耕作により湮滅したという。付近には古墳時代前期から奈良・平安時代の遺跡が色濃く分布している。
国道六号常磐バイパス工事に伴う発掘調査で、九基の古墳の跡、150棟の掘立柱の建物跡、祭祀の溝などから、土師器、円筒埴輪、木器、木簡など豊富な遺物が掘り出されている。西南の丘陵下に鎮座する延喜式内社大国魂神社の存在とともに、甲塚古墳の歴史的な環境は歴史の宝庫にふさわしく充実している。
市内の沖積地に立地する古墳には、金冠塚古墳(県指定・錦町)、五里内古墳(平下荒川)、塚前古墳(小名浜林城)など横穴式石室をもつものがあり、甲塚古墳も後期古墳時代の6世紀後半ごろの築造と推定される。
未だ考古学的な調査が行なわれていないので、内部構造も築造年代も明らかでない。言い伝えによると周辺にもいくつかの古墳があったが、耕作により湮滅したという。付近には古墳時代前期から奈良・平安時代の遺跡が色濃く分布している。
国道六号常磐バイパス工事に伴う発掘調査で、九基の古墳の跡、150棟の掘立柱の建物跡、祭祀の溝などから、土師器、円筒埴輪、木器、木簡など豊富な遺物が掘り出されている。西南の丘陵下に鎮座する延喜式内社大国魂神社の存在とともに、甲塚古墳の歴史的な環境は歴史の宝庫にふさわしく充実している。
市内の沖積地に立地する古墳には、金冠塚古墳(県指定・錦町)、五里内古墳(平下荒川)、塚前古墳(小名浜林城)など横穴式石室をもつものがあり、甲塚古墳も後期古墳時代の6世紀後半ごろの築造と推定される。
- 指定区分
- 国指定
- 種別
- 史跡
- 住所
- いわき市平荒田目字甲塚
- 施設名
- いわき市
- 指定年月日
- 大正12年3月7日