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じょうおうじさんもん

浄應寺山門

特殊な技法で造られた門。いつの時代の技術?

 この山門がいつごろ造られたのか、それを示す文献は見つかっていません。
 しかし、門を構成する様々なパーツから年代が分かるのが、この門の珍しいところ。
 例えば、部材の長さの尺度が1尺よりも少し長い、中心の梁が少し短くなっているなど。また、左側の親柱には集成加工という戦国時代の城で多く使われた技法が見られます。このように、建築技法を推理することで、この山門が中世に建てられたことが判明するのです。

解説

 この山門は、もとは豊間館(樋口館)の裏門だったと伝わる。
 形式は一間一戸の薬医門で、屋根は平成23年の東日本大震災以前は瓦葺、震災後の解体修理で銅板葺となった。文献資料は乏しいが、解体修理においていくつかの特異な技法がわかっている。
 まず、部材の長さの尺度が1尺に対して5厘程の延びが見られた。中世建造物におけるさしがねの延びは従来の研究によって証明されており、当山門もそれと同様のものと考えられる。
 次に、柱筋の左右男梁と中心の梁、この3本の梁と出桁では、中心の梁が若干短くなっていた。そのことが軒反りを造る作用をしているのである。このような規矩術は近世にはなく、中世の規矩術と言える。
 垂木は、太く反り、間隔が広い(2尺2寸間)疎垂木であり、桁と垂木はダボ栓(8分角)止めとなっている。前後それぞれ7本の垂木で茅負を受ける。この単純な構造で軒反りを造っている貴重な中世の建物である。
 そしてもう1つ、左側親柱には、戦国時代の城に多く利用されている集成加工が施されていた。部材の樹種はケヤキを初めいくつかの広葉樹であり、中世に大工道具の発達によって使われ始めたケヤキ等の堅木類の施工技術の一つと言える。歴史資料や墨書等の発見はなかったが、以上のように建築技法から中世の門であると考えられ、市内における貴重な建造物である。
指定区分
市指定
種別
有形文化財(建造物)
住所
いわき市平豊間字寺前
施設名
浄應寺
指定年月日
平成29年5月1日

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