やつるぎじんじゃほんでん
八劔神社本殿
本殿を飾る彫刻には何が彫られているのでしょうか?
平安時代に勧請され、寛政10年(1798)に現在の社殿が建てられた八劔神社本殿には、昇り龍や降り龍、神功皇后の三韓出兵、植物や動物など様々なモチーフの彫刻で飾られています。特に珍しいのは、邪気を払うといわれる瑞獣の白沢も刻まれていること。
江戸時代には、神社仏閣の彫刻を仕事にしていた宮彫彫刻師たちが腕を競い合っていたらしい。これらの彫刻も、切磋琢磨して素晴らしいものが完成したのでしょう。
バラエティ豊かな彫刻たちは、いつまでも見ていられそうです。
江戸時代には、神社仏閣の彫刻を仕事にしていた宮彫彫刻師たちが腕を競い合っていたらしい。これらの彫刻も、切磋琢磨して素晴らしいものが完成したのでしょう。
バラエティ豊かな彫刻たちは、いつまでも見ていられそうです。
解説
八釼神社は平安時代に平下高久字小館に勧請され、祭神は日本武尊を奉祭する。現在地には寛保2年(1742)に移転し、その後、寛政10年(1798)現社殿が建立されたことが扁額の裏面に記されている。そこには、大工矢吹市右エ門(当時64歳)の作と読み取れる。また、本殿内部の斗栱面戸板に「享和三年(一八〇三)亥年四月」と墨書が残っており、記録との整合がとれる。
本殿は、軒唐破風向拝付入母屋造銅板葺の一間社腰組造の建物で、桁行間口6尺、梁間身舎4.8尺の内陣に6.8尺出の庇部分を外陣とする向拝付きで身舎柱を6寸径の丸柱とし、向拝柱は5寸角几帳面子で麻の葉模様の地紋彫を施す。繋虹梁は昇龍と降り龍の丸彫り、胴板彫刻は応神天皇の題材で3か所に神功皇后の三韓出兵、脇障子に龍門、面戸彫刻、各種木鼻、蟇股、板支輪など豊富な彫刻で飾られている。変わり種として向拝柱に白沢という邪気を払う神獣の木鼻が付く。地覆四隅には獅子と虎が備えられている。腰組は四手先出組斗栱刳型に若葉様が付く。
各彫刻には家紋が彫られており、寄進者の存在が伺える。当時、江戸では宮彫彫刻師たちが競い合っており、この彫刻も彼らに発注して運び取り付けたものと考えられる。主な部材は欅材を使用した彫刻充填式の重要な建物である。
本殿は、軒唐破風向拝付入母屋造銅板葺の一間社腰組造の建物で、桁行間口6尺、梁間身舎4.8尺の内陣に6.8尺出の庇部分を外陣とする向拝付きで身舎柱を6寸径の丸柱とし、向拝柱は5寸角几帳面子で麻の葉模様の地紋彫を施す。繋虹梁は昇龍と降り龍の丸彫り、胴板彫刻は応神天皇の題材で3か所に神功皇后の三韓出兵、脇障子に龍門、面戸彫刻、各種木鼻、蟇股、板支輪など豊富な彫刻で飾られている。変わり種として向拝柱に白沢という邪気を払う神獣の木鼻が付く。地覆四隅には獅子と虎が備えられている。腰組は四手先出組斗栱刳型に若葉様が付く。
各彫刻には家紋が彫られており、寄進者の存在が伺える。当時、江戸では宮彫彫刻師たちが競い合っており、この彫刻も彼らに発注して運び取り付けたものと考えられる。主な部材は欅材を使用した彫刻充填式の重要な建物である。
- 指定区分
- 市指定
- 種別
- 有形文化財(建造物)
- 住所
- いわき市平下高久字馬場
- 施設名
- 八劔神社
- 指定年月日
- 平成17年4月27日